考えずに書いた

次の文章は考えずに書きましたが、少し失礼なニュアンスがあるかもしれませんが、そういうつもりではありませんでした。ただただ、あるものを見て、これが思う浮かびました。大急ぎだったけれども、書けずにいられなかったので、自転車を乗りながら録音して、後で書き留めたものです。警護ではなく、申し訳ありませんが、正直で全部を言いだしたので、そのままおいて置いたほうが一番適切だというか誠実だと思います。最後はもう少し書けたかもしれませんが、後から追加出来る言葉がなくなったので、そのままでお願いします。

 

「他の人の世界に入っちゃって、自分の世界が失われた。というか、自分の世界がくだらないと思わせ、逃げ出した。他の人の世界って、上手そうし、キラキラ、そこにいたくてたまらない。が、私の旨そうな、キラキラしてる世界はもうあるのだ。それだけでなく、他の世界より輝いているの。なぜかというと、自分に合わせた世界だから。あなたが自分の目で見てる世界、自分な体で感じる世界、自分の思考に会う周り。それを捨てないでね。他の世界に入っちゃったら、自分の世界のことを忘れてしまう。で、他の世界が、何か、うちと違うかなって思った瞬間、その世界の輝きがなくなる。たったの瞬間に、偽物の幸せ、天国のような気持ちがブラックホールに濯がれる。その時、自分の世界までの道を作らないといけない。苦労だよ。スコップと鶴嘴(つるはし)しかないのだ。近道もありません。道をやり直し、正しいかどうかを知らず、ただ続いていく、掘り続くしかないから。止まったら、その空間に過去の思い出に流されるか、将来の希望に夢中になるか、両方とも今を隠している。「今は疲れるよ、そこには苦労しかない、いらない、そんな今なんて」と思うかもしれない。ただし、その今はあなたのことについて語る。あなたのことを教えてくれる。その今では、自分の体をちゃんと感じられて、土も、空も、各四季の香り、木の気、空気の健やかさ。落ちたら、傷を治ってまた立って、歩み続く。それしか出来ないからというのが、だからこそやりたいことになる。その中のいつか。そのいつかが来る。もう今でもあるけど、気づかないだけ。それがきたら、自分の力で自転車を直せた自分のことに喜ばせる。ちっちゃなことで、こころがその喜びの気を静脈に流す。

その周りが大切になる日もある。その体の周りのこと。自分の世界だけでなく、自分の世界は自分だけに一番大切。ねぇ、それ、皆にはある。この世界も、同じように大切で、誰かの一番。だから他の世界も、それとして大事にしないと。それは苦しみの中に気づくしかない。皆、本当の皆、その苦しみがある。けど、逃げたい人は、隠れん坊をして遊んで、見えないふりをしている。けど、見えなくてもないというわけではない。直面して、大変な何かと出会うかもしれない。大変な目に会う、大変な思い出が浮かべると、その瞬間に思い込むかもしれないけど。後には、その瞬間が自分の世界の一番大事な瞬間だったことに気づくと思う。そのための時もある。でも今は自分が正しいと思っている道を掘るだけ、作って、やり直して。間違って、またやり直して、近道を見つけたと思っちゃった瞬間に、結局はそのせいで、また長くなる。で、何かを分かって、忘れる。色々知る。自らのこと、他の人から聞いたこともとても大事で、自分の限界、自分の境、自分のこと。体が教えてくる。教えてくれる。もう、進でもいい、もう亡くなってもいいと思っても、そういうときもいつかは過去になる。他の瞬間が来る。他の問題もまたくる。けど、その楽しみの気持ちも、苦労してる気持ちも変わる。変わりつつある。なにかが、苦しみか、楽しみか、ずっと同じように残るのは絶対ない。ので、いらないことで、そんなことはないけど、あまり気にしなくてもいいことに頭を悩ませる時間は、そのために無駄しないで。無駄しなくてもいい。でも、その無駄も必要かもしれない。その無駄に気づくため。で、その後は忘れる。歌って、いっぱい笑って、泣いて、絶望して、怒って。全部が同じパケットにあるの。それぞれの二つのパケットじゃなく、一つだけ。プラスやマイナスではない。マイナスとプラスって何?気持ちを舐めるな。全部が同じグループだ。」

 

では、それで考えずに書いたモノローグが以上となります。

 

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